2016年05月30日

若冲で行列

まさか伊藤若冲でこんな目にあうとは思ってもみませんでした。

最初のトライは五月六日でした。
若冲は人気あるから開館前に並ぼうね〜ってことで、上野の東京都美術館には朝九時半前には着いたと思います。
少なく見積もっても500人以上並んでいて、我が目を疑いました。

GWだからかなー。
きっとそうだよねー。
去年のGWだって、普段は空いてる江戸東京博物館のチケット売り場が100人規模の行列だったし。

その日は結構日差しも強かったし、もともと行列耐性のない私たちは速攻諦めたのでした。

美術展のねらい目は金曜日の夜です。
普段は5時に閉館するけど金曜日はたいてい8時まで開いていて、土日に比べれば楽勝の人口密度で鑑賞できるのです。

で金曜日、会社を一時間早退して上野に六時前に着いたんですが・・・・1000人くらい並んでました。
入場まで160分待ち!!

なにこの異常事態!
300年前の画家、スーパー売れっ子じゃん!

いや待って。
8時に閉まるのに160分待ったらどうなるの??
しかも友達は遅れて着いたので一緒に並ぶこともできず、一人で寂しく耐えてたんですが、クレーマーおじさんが係員に説教してたりして、面白い局面もありました。

「わたしゃ長年この界隈に住んでますが、こんなの見たのはあなた、初めてですよ! 運営がなってないんですよ運営が。この事態に対応するノウハウが、あなたがたにはないってことなんです」

ちなみにおじさんは犬の散歩をしているだけで、行列に並んではいなかったです。
三十分くらいクレームしてたので、犬はおとなしく待ってましたが退屈そうだったです。

この若冲展、わずか一か月だけの展示だったので、こんな事態になったのかもですね。
たとえば絵の貸出料とか、国立じゃなくて都立美術館だからお金が足りなかったとか、邪推に過ぎないけどまあ大人の事情もあるのでしょう。

しかし、しかし・・

若冲は絶対に、絶対に、生で見るべきです。
たとえどんな混雑だろうとも、生で見なくては駄目だと思います。
私は図録でしか見たことがなかったのですが、図録では息を呑むような鮮烈さが伝わらない!!

なぜこんなに異常に人気があるのか、どうしてここまで多くの現代人が若冲に惹かれるのか、一目見て理解ができました。

江戸時代の絵というと、よく見る浮世絵じゃなければ、屏風絵とか掛け軸とか、ひなびた色の枯れすすきとか花鳥風月とか・・という感じで漠然と抱いていた固定観念を覆される爽快感がもう!

ちなみに八時閉館のはずでしたが、おそらく十時近くまで開けてくれていた模様。
ですよね〜







posted by KIKI歌野 at 21:22| Comment(0) | その他感想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月23日

カラヴァッジョすごい

春になったので、美術館通い熱が再燃しています。
熱といっても週に一度行くくらいですけど。

「ボッティチェリ展」「俺たちの国芳、私たちの国貞」「カラバッジョ展」などなど・・GW期間中に「若冲展」に行く予定。
(並べるとヨーロッパと日本に偏ってるなあ)

国芳・国貞は19世紀の絵師で比較的新しいけど、あとは15〜17世紀のマエストロ。

こういう時代の絵画を見るときいつも思うのは、この画家がこの絵を描くためにキャンバスに絵の具を塗り付けていたこの日々、ネットもテレビもマンガもゲームも映画もなかったということ。

もちろんどんな時代にも娯楽はあるけれど、人口に膾炙した巨大な娯楽産業が未発達だったことは確かで、だからこそ一枚の優れた絵画は現代とは比べようもない威力と魅力を保持していたと想像できます。
そういう新鮮な目で絵画を見れたらいいなとも。

日本の浮世絵と呼ばれる版画は、一般庶民が気軽に手に取れたものだった。
アイドルのブロマイドとかファッション雑誌とか娯楽雑誌とかそんな感覚で、値段も一枚24文(500円くらい)程度。

ヨーロッパの絵画は、いつ誰がどこで鑑賞したのかなあ。
庶民が目にする機会はあったのかなあ。
カトリック教会の祭壇画とかかしら。
中世ヨーロッパにおいては、識字率が低かったので絵画はより有益な情報源でもあった、と書いたブログを見つけたのだけど、中世以降の16世紀はどうなんでしょう?
ヨーロッパといっても国はいろいろだけど、貴族や商人の裕福な家々にわんさか飾られてはいたでしょうね。オランダの金持ちはみーんな自分の肖像画を描かせたし。


それにしても昨夜観たカラヴァッジョの絵は本っ当にすごかったなあ。
肉感的!!
なんというリアリズム!!
少年も青年も女性も果物も今ここにいるかのような臨場感にあふれて,観るものを圧倒します。
精緻かつドラマティックな絵画表現にゾクゾクさせられます。
平面なのに3Dです。
いやほんと、16世紀じゃないよね、今生きてる人だよね、という。
なんだろう、もうとにかく一度見たら忘れられない絵ばかりですね。


目玉作品の一つはこれで、しもぶくれの少年です。
「酒の神バッカス」ですけど、見るからにコスプレ風。
なんだかわからないけど、すごくインパクトありませんか。よく見ると手前の果物は腐っています。

bakkas.jpg
手前のワインボトルに画家自身が映っているそうです。画像ではわからない。私は肉眼で観察したけど、なんとなくわかったような・・。


「洗礼者聖ヨハネ」なんか、「聖ヨハネ」と銘打ってはいるけど若々しい青年です。今風の前髪だし(目はどこ?)。髪や肌はとても美しいけれど、ルネッサンス絵画のように理想化された美ではなく、地上に属する血肉のあるものの美しさです。

senreisha yohane.jpg
言いたくないけど、微妙にエロい乳首に目が行きました。私だけでしょうか。

38歳で夭折した(殺人を犯して逃亡中に不慮の死を遂げたという・・)カラヴァッジョは、光と影を駆使した絵画表現において革命者であり紛れもない大天才でしたが、19世紀くらいまでの後世においては低評価を下されていたそうです。
光と影、というフレーズで想起されるのは大抵レンブラントだと思うけれど、カラヴァッジョはそのレンブラントに影響を与えた先人なのですね。


今回の展覧会では、世界初のお目見え、「法悦のマグダラのマリア」が公開されました。
現存する真筆が60点くらいとされるカラヴァッジョですが、2014年に真筆と鑑定された絵だそうです。カラヴァッジョが亡くなったとき、所有していた数点の絵のうちの一点だと言われています。
これもねえ・・・美しくて色っぽいんですわあ。

houetsunomaria.jpg
みなさん宗教画にかこつけて(と言ったら失礼だけど)、官能的な絵を描きますよね。


いやいや、眼福でした。
もう一度見にいきたいなあ。


posted by KIKI歌野 at 08:47| Comment(0) | その他感想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月17日

世界でいちばんさいごのりゅう

最近いろんな本を読みました。
どの本も大変面白く、一生で出会える本はこんなにまで少ないのになぜもっとせっせと読書しないのか、そんな自分がちょっぴり悔しくもどかしい秋たけなわです。

肩のこらない本を読みたかったので、これも何気なしに手にとったのですが、いやいや、掛け値なしに素晴らしかったです。

新装版 ムーミン谷の仲間たち (講談社文庫) -
新装版 ムーミン谷の仲間たち (講談社文庫) -

「有名」なんてレベルじゃないのに、初めて真面目に読んだかも。

名物にうまいものなしって喩えがありますよね。
食べ物じゃなくても、ダ・ヴィンチの「モナリザ」などはいい例で有名じゃなければまず目にとめやしません。
ムーミンシリーズも同じで、ただ有名だから有名なんだろうと、漠然とあなどったりして全力ですみませんでした。
あ、モナリザも名画なのかもしれませんね。私にわからないだけです。

「ムーミン谷の仲間たち」は9編の短編から成っています。

それぞれのお話で登場人物が異なるのですが、いっとう最初の「春のしらぺ」の主人公はスナフキンです。
ムーミントロールからとても慕われている、放浪好きの自由人ですね。

「春のしらべ」を作曲するため孤独になりたいのに、森の中で「はい虫」にあれやこれや話しかけられたスナフキンは、いらだってしまいます。

もしぼくが、そんな旅のことを人に話したら、
ぼくはそれをきれぎれにはきだしてしまって、
みんなどこかへいってしまう。
そして、いよいよ旅がほんとうにどうだったかを思いだそうと
するときには、ぼくはただ、自分のした話のことを思いだす
だけじゃないか。
そういうことを、どうしてみんなはわかってくれないんだ、と。


これ、なんだかすごくよくわかりませんか。
私はわかりました。
というかスナフキンの独白によって、わかった気にさせられました。

ふつう程度に自己顕示欲がある人なら、私もですが、もちろん旅の話をします。
聞かれる限り語りたがることでしょう。
今の時代twitterもfacebookもブログもインスタグラムもある。
発信手段は山とある。
心の深いところにとどめて、温めておく何かがあったことなど、
もう大抵の人は忘れちゃっているのです。

「この世のおわりにおびえるフィリフヨンカ」

「世界でいちばんさいごのりゅう」

↑ これ、一番すきです。
ムーミントロールが愛らしい。
スナフキンが、冷たくて優しくて萌えます。
彼は童話界のツンデレですね。

「スニフとセドリックのこと」

どれもこれも読後に、ほぉ・・とため息がでました。

ユーモアと皮肉
嫉妬に怒り
なんともいえない愛嬌
思いやり


文章のひとつひとつに味わいがある。
細密な描写と飛躍をつかいわけて、手に取るように状況と登場人物の感情がわかる。
そもそも、「登場人物」は人間ではなく、想像上の生き物だというのに。

ハリー・ポッターや指輪物語もそうですけど、すぐれたファンタジーって、誰かの頭のなかでただこしらえたものだとは信じられませんよね。
実際にその場所を旅してからペンを手に取ったとしか思えないものです。

トーベ・ヤンソンの原文がまず比類なきものなのでしょうが、翻訳の山室静も素晴らしいです。

これからムーミンシリーズ読み進めていこうと思います。

あっ、そういえば姉がムーミンのファンでした。
今度本借りよっと。
posted by KIKI歌野 at 22:58| Comment(0) | その他感想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする